企業の事業承継やM&Aにおいて、のれん(営業権)の評価は無形資産の評価として重要です。とりわけ中小企業の経営者にとって、将来の承継や売却を見据えた適正な価値評価は事業の成長や安定につながります。本記事では、のれん計算に広く使われる年倍法(年買法)の仕組み、計算方法、理論的な背景と実務上の目安について詳しく解説します。
Contents
年倍法(年買法)によるのれんの計算方法
年倍法(年買法)は、企業が将来生み出す利益を基にのれんを評価する手法です。のれんは、企業のブランドや信頼性、技術的な優位性など、無形の資産価値を表します。この評価方法は特にM&Aの場面で利用され、M&A仲介会社を通じて広まったとされています。
基本的な計算方法
年倍法では、以下のようにのれんが算出されます:
のれん = 平均年間利益 × 年数倍率(年倍数)
- 平均年間利益:直近数年の実績利益を平均して算出します。営業利益や経常利益が指標に使われることが一般的です。
- 年数倍率(年倍数):利益が続く年数を想定して3~5年を設定することが多いです。
計算例
ある企業が過去3年間の平均営業利益を500万円とします。年倍数を3年と設定した場合、のれんは次のように計算されます:
のれん = 500万円 × 3年 = 1500万円
この場合、1500万円がのれん(営業権)として評価されます。
利益指標と年数倍率の設定
利益指標としては、企業の営業利益または経常利益が用いられることが一般的です。営業利益は主な事業から得られる利益を示し、経常利益は営業利益に金融取引や非営業収益を含めた指標です。安定的な収益力を示すため、通常、直近3年~5年の実績を平均して求めます。
一方、**年数倍率(年倍数)**は、実務上3〜5年が目安とされています。この年数は必ずしも理論的に導かれた数値ではなく、経験上、収益の持続可能性を考慮した「適正範囲」として用いられています。業界や企業の状況に応じて適切な倍率を設定することが重要です。
年倍法に基づく株式価値の算出方法
年倍法は、企業の株式価値を評価する際にも使われます。ここでの株式価値は、企業の時価純資産に加えて、のれんとしての営業利益の一定年数分を加味して算出します。以下はその一般的な式です:
株式価値 = 時価純資産 + (利益指標 × 年数倍率)
計算例
仮に、ある企業の時価純資産が5000万円で、直近3年の平均営業利益が1000万円だったとします。年数倍率を4年と設定すると、株式価値は以下のように算出されます。
株式価値 = 5000万円 + (1000万円 × 4年) = 9000万円
この場合、企業の株式価値は9000万円と評価されます。
年倍法のメリットと注意点
メリット
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収益性に基づいたシンプルな評価
年倍法は、収益性に直接基づいた評価方法であり、計算がシンプルなため理解しやすいです。利益実績に基づくため、収益力の強弱が反映されやすい点も利点です。 -
小規模企業でも適用しやすい
簡便でありながら収益を基準にした評価が可能なため、小規模な企業や無形資産が多い企業に適しています。
注意点
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年数倍率の主観性
年数倍率は必ずしも理論的に決まるわけではないため、評価者の主観が入りやすい点に注意が必要です。倍率を1年変えるだけでのれんの価値が大きく変わるため、倍率設定は慎重に行う必要があります。 -
未来のリスクを考慮しにくい
年倍法は過去の利益実績を基に計算するため、将来のリスクを直接反映できません。市場や競争環境の変化によって収益が減少するリスクがある場合は、他の評価手法と併用するのがよいでしょう。
年倍法と他の評価手法との比較
年倍法以外にも企業価値やのれんを評価するための手法が存在し、目的や状況に応じて適した方法を選ぶことが重要です。
キャッシュフロー割引法(DCF法)
キャッシュフロー割引法(DCF法)は、将来のキャッシュフローを現在価値に割り引いて企業価値を評価する手法です。長期的な収益を反映できるため、年倍法よりも将来性を重視した評価が可能です。ただし、DCF法はキャッシュフローの予測が前提となるため、計算が複雑であるというデメリットがあります。
マーケットアプローチ
マーケットアプローチは、類似する企業の市場価値や取引価格を参考にして評価する方法です。比較対象の取引価格を参考にした評価が可能ですが、市場に比較対象が少ない場合には適用が難しくなります。
コストアプローチ
コストアプローチは、企業の純資産価値に基づいて評価する手法です。物理的な資産価値に基づいた評価が行えるため、収益性やのれんの評価には向きません。年倍法が収益に基づくのに対して、純粋な資産価値を基準にする評価方法です。
年倍法を適用する際のポイント
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事業環境や収益の安定性を考慮
年倍法は安定した収益が前提となるため、収益が不安定な業界や企業には慎重に適用する必要があります。業界の成長性や競争環境も考慮し、年数倍率の設定を柔軟に調整するのが理想です。 -
他の評価手法と併用する
年倍法の結果が過去の実績に依存することを考慮し、DCF法やマーケットアプローチと併用することで、より客観的で精度の高い評価が可能です。 -
収益力を示す指標を選定する
営業利益や経常利益など、企業の収益力を正確に表す指標を選ぶことが大切です。企業の実態や業種によって適切な指標を選定し、評価の精度を向上させます。
まとめ
年倍法(年買法)は、企業の収益性に基づいてのれんや株式価値を評価する簡便な手法として、中小企業の事業承継やM&Aにおいて広く活用されています。利益指標や年数倍率の設定が簡単である一方で、主観性が入りやすく、将来のリスクを完全には反映できない点には注意が必要です。年倍法を理解し、適切な指標と倍率を設定することで、M&Aの場面においてのれんを適正に評価する手助けとなるでしょう。