「退職金制度は昔からあるから、そのままでいい」
もしそう考えているなら、一度立ち止まって考える必要があるかもしれません。
2026年10月、ロイター企業調査で、退職金制度について興味深い結果が明らかになりました。
2020年度以降に退職金制度を「見直した」企業が約14%。さらに「見直していないが検討中」の企業が8%。
合わせると、回答企業の2割を超える企業が退職金制度を見直した、または見直しを検討していることになります。
背景にあるのは、単純な退職金の増額ではありません。
「定年延長」
「高齢者雇用」
「優秀な人材の確保」
「賃金体系の見直し」
「転職の増加」
「物価上昇」
こうした環境変化によって、退職金制度そのものの役割が変わり始めています。
そして、この変化は大企業だけの話ではありません。
むしろ人材採用・定着が経営課題になっている中小企業こそ、退職金を「福利厚生の一項目」としてではなく、人材戦略・報酬戦略の一部として考える必要があります。
Contents
- 1 なぜ今、退職金制度が見直されているのか?
- 2 2.定年延長で「退職金を受け取るまでの時間」が変わった
- 3 3.物価上昇によって「昔の退職金」の価値が下がっている
- 4 4.「給与で払うか、将来の退職給付で払うか」という問題が出てきた
- 5 「退職金」と「給与」、どちらを優先すべきなのか?
- 6 りそな年金研究所のデータから見る「中小企業の現実」
- 7 中小企業は「大企業と同じ退職金制度」を目指す必要はない
- 8 では、中小企業経営者は何を見直せばいいのか?
- 9 退職金制度の見直しで注意したい3つの落とし穴
- 10 経営者が今やるべき「退職金制度5分チェック」
- 11 これからの退職金制度は「総報酬設計」になる
- 12 まとめ|退職金制度は「人事制度」から「経営戦略」へ
結論|退職金制度は「残すか、なくすか」の二択ではない
今回の調査を整理すると、経営者が押さえるべきポイントは5つあります。
1.退職金制度を変える企業が増えている
ロイター企業調査では、回答215社のうち30社が2020年度以降に制度を見直し、16社が検討中でした。
「見直した」14%+「検討中」8%で、合計21%超です。
2.目的は「退職者への報酬」だけではない
見直し・検討の理由として、ロイター調査では、
- 定年延長・高齢者雇用への対応:19社
- 優秀な人材の確保:18社
- 賃金体系の見直し:16社
が上位となっています。
つまり退職金制度が、人事制度全体の設計問題になっています。
3.三井住友信託銀行の調査でも約3割が見直しを検討
三井住友信託銀行の「人的資本サーベイ2025」では、退職給付制度がある769社のうち210社、27.3%が退職給付水準の見直しを検討していました。
見直し理由の最多は「人事基幹制度との連動・整合」で48.1%。
つまり、退職金単体ではなく、人事制度そのものとの整合性を見直す企業が多いということです。
4.一方で「給与・賞与を優先」という企業も多い
同じ三井住友信託銀行の調査では、見直しを検討していない企業の理由として、
「給与や賞与の引上げが優先されるため」62.8%
が最も多くなっています。
退職金を増やすことより、現在の給与を上げることを優先する企業も多いのです。
5.中小企業では「退職金制度そのもの」の構造も違う
りそな年金研究所によると、中堅・中小企業では大企業ほどポイント制への移行が進んでおらず、「退職時給与」や「定額制」などがなお多く採用されています。
また企業年金についても、中堅・中小企業では社内準備や中退共の採用が多い状況です。
なぜ今、退職金制度が見直されているのか?
背景には、大きく4つあります。
1.人手不足で「人を辞めさせない」ことが重要になった
三井住友信託銀行は、今後の日本社会について「労働力希少社会」の到来を指摘しています。
単に新しい人を採用するだけではなく、既存社員の定着が重要になります。
特に20~40歳代では退職率が上昇傾向にあり、中高年層のノウハウを含めた人材定着も重要なテーマになっています。
ここで退職金の意味が変わります。
従来は、
長く働いた人への最後の報酬
という意味合いが強かった。
これからは、
採用・定着を含めた総報酬の一部
として考える必要があります。
2.定年延長で「退職金を受け取るまでの時間」が変わった
定年60歳を前提にした制度と、65歳・70歳まで働くことを想定した制度では、当然ながら設計が変わります。
ロイター調査でも、退職金制度を見直した・検討している理由のトップが「定年延長・高齢者雇用への対応」でした。
たとえば、
60歳定年
↓
65歳まで雇用
↓
70歳まで就業可能
となれば、
「退職金は何歳を基準にするのか?」
「60歳以降の賃金と退職金をどう設計するのか?」
という問題が出てきます。
3.物価上昇によって「昔の退職金」の価値が下がっている
ここは非常に重要です。
三井住友信託銀行は、賃金・物価が上昇する一方で、退職給付は対応が進んでおらず、名目・実質価値ともに減少傾向にあると分析しています。
つまり、
「退職金1000万円」
という数字だけを見ても意味がありません。
10年前の1000万円と、現在の1000万円では購買力が違うからです。
さらに、退職金の算定方法によっても影響が変わります。
定額制なら物価上昇によって実質価値が低下します。
最終給与比例制でも、退職金算定用給与にベースアップが反映されない制度なら、物価上昇に対応できない可能性があります。
4.「給与で払うか、将来の退職給付で払うか」という問題が出てきた
今回のロイター調査で非常に興味深いのが、退職給付額を減額した企業4社についてです。
これらの企業は、退職給付を減らす代わりに社員の給与を増額していました。
そのうち3社は全社員、1社は20~30代社員の給与を引き上げています。
つまり、
退職金を増やすことが必ずしも社員にとって最適とは限らない
という考え方が出てきています。
「退職金」と「給与」、どちらを優先すべきなのか?
これは中小企業にとって非常に重要な経営判断です。
たとえば若手社員にとって、
「30年後に受け取る退職金」
より、
「今月から毎月2万円給与が増える」
ことの方が魅力的に感じられる可能性があります。
一方で、将来の資産形成という観点では、企業年金・退職給付には別の意味があります。
三井住友信託銀行も、現在の給与改善を「PayNow」、将来の退職給付を「PayLater」と整理し、採用・定着・将来不安への対応という観点から両者を組み合わせる考え方を示しています。
したがって、
給与か退職金か
ではなく、
給与+退職給付を含めて、会社がどのような総報酬を設計するか
という発想が重要になります。
りそな年金研究所のデータから見る「中小企業の現実」
ここで中小企業経営者が注意したいのが、大企業の事例をそのまま自社に当てはめないことです。
りそな年金研究所の2025年版資料では、退職給付に関する主要統計を整理しています。
その中で、中小企業を対象とする重要な調査が、東京都の「中小企業の賃金・退職金事情」です。
対象は都内の常用労働者10~299人の中小企業です。
中堅・中小企業では、退職金の算定方法について、
- 退職時給与
- 定額制
- 別テーブル方式
- ポイント制
などが使われていますが、大企業ほどポイント制への移行は顕著ではありません。
さらに企業年金についても、2024年調査では、
- 社内準備:59.2%
- 中退共:50.9%
- 確定給付企業年金:28.7%
- 確定拠出年金:42.6%
となっています。
ただし、これは複数回答であり、制度ごとに母数も異なるため、単純な普及率として比較することには注意が必要です。
中小企業は「大企業と同じ退職金制度」を目指す必要はない
ここが経営者にとって重要です。
大企業では、
- DB
- DC
- ポイント制
- 複数制度の組み合わせ
など、複雑な制度設計が可能です。
しかし従業員20~50人程度の中小企業が、同じ仕組みを導入すればよいわけではありません。
重要なのは、
自社の採用・定着・賃金・利益・キャッシュフローに合った制度か
です。
では、中小企業経営者は何を見直せばいいのか?
おすすめは、いきなり制度変更を考えるのではなく、まず以下の5項目を確認することです。
① 現在の退職金制度を確認する
まず、
- 退職金制度はあるか
- 誰が対象か
- 何歳を基準にしているか
- どのような算定方式か
- 中退共なのか
- 企業年金なのか
- 社内準備なのか
を確認します。
② 30歳・40歳・50歳社員の「見える退職金」を確認する
制度が存在していても、社員が自分の退職金額を知らないケースがあります。
三井住友信託銀行の資料でも、退職給付水準の認知度は低めであり、周知することで従業員の将来不安の解消につながる可能性が指摘されています。
つまり、
制度を作るだけではなく、制度の価値を伝える
ことも重要です。
③ 現在の給与と退職金をセットで見る
たとえば、
「基本給は市場平均より低いが、退職金は比較的厚い」
会社と、
「基本給は高いが、退職金はない」
会社では、採用市場での見え方が変わります。
若手採用を重視するなら、現在の給与を優先するという選択肢もあります。
④ 定年延長との整合性を見る
60歳定年から65歳、70歳へと雇用期間が伸びるなら、
賃金制度+役職制度+評価制度+退職金制度
を一体で考える必要があります。
退職金だけを変更すると、制度間の矛盾が生まれる可能性があります。
⑤ 「社員にとって魅力があるか」を確認する
最後に見るべきなのは制度そのものではありません。
採用・定着に本当に効いているか?
です。
経営者としては、
「退職金制度があります」
ではなく、
「この会社で働き続けると、どのような報酬を得られるのか」
を説明できる状態を目指すべきでしょう。
退職金制度の見直しで注意したい3つの落とし穴
落とし穴1|退職金を減らせば給与を上げられる、と単純に考える
退職金は長期的な報酬です。
単純に退職金を減らして給与へ振り替えると、将来の資産形成に影響します。
社員への説明と制度全体の設計が必要です。
落とし穴2|「大企業の平均」をそのまま採用する
中小企業と大企業では、
- 採用市場
- 賃金水準
- 従業員構成
- 定年
- 財務体力
- 福利厚生
- 人事制度
が違います。
「大企業の退職金が○万円だから、自社も○万円」という決め方は危険です。
落とし穴3|退職金だけを単独で変更する
人事評価制度を変更したのに退職金制度が昔のまま。
定年を65歳にしたのに退職金は60歳基準。
若手の給与を大幅に引き上げたのに、退職金制度は旧来のまま。
こうした「制度間のズレ」が問題になります。
三井住友信託銀行の調査でも、見直し理由のトップは「人事基幹制度との連動・整合」でした。
経営者が今やるべき「退職金制度5分チェック」
次の5つに答えてみてください。
Q1
現在の退職金制度で、30歳・40歳・50歳社員が将来いくら受け取るのか把握していますか?
Q2
同業・同規模企業と比べて、給与+退職金の総報酬は競争力がありますか?
Q3
65歳までの雇用を前提にした場合、現在の退職金制度で矛盾はありませんか?
Q4
若手社員にとって「30年後の退職金」と「今の給与」のどちらが魅力的なのか把握していますか?
Q5
退職金制度が採用・定着にどれだけ貢献しているか説明できますか?
もし答えられない項目が複数あるなら、制度を変える前に現状診断を行う価値があります。
これからの退職金制度は「総報酬設計」になる
今回の3つの資料を合わせると、退職金制度を取り巻く変化はかなり明確です。
これまでの退職金は、
長く働いた人への最後の報酬
という意味合いが強いものでした。
しかし現在は、
給与
+賞与
+退職金
+企業年金
+福利厚生
+働き方
+成長機会
を組み合わせて、人材を採用・定着させるための「総報酬」として考える必要性が高まっています。
ロイター調査でも、退職金制度の見直し理由として「優秀な人材の確保」が上位に入りました。
一方、三井住友信託銀行の調査では、退職給付を見直さない企業の多くが給与・賞与の引き上げを優先しています。
つまり、これからの経営者に必要なのは、
「退職金をいくらにするか」ではなく、「人材に会社としてどのような報酬を提供するのか」
という視点です。
まとめ|退職金制度は「人事制度」から「経営戦略」へ
今回のポイントをまとめます。
1.退職金制度を見直す企業が増えている
ロイター企業調査では、見直し14%+検討中8%で、回答企業の2割超。
2.背景には人材確保がある
定年延長、高齢者雇用、優秀な人材の確保などが制度変更の理由になっています。
3.約3割の企業が退職給付水準の見直しを検討
三井住友信託銀行の人的資本サーベイでは27.3%が見直しを検討しています。
4.「退職金を増やす」だけが正解ではない
給与・賞与を優先する企業も多く、現在の報酬と将来の報酬のバランスが重要です。
5.中小企業は「自社に合った総報酬」を考える
退職金、給与、企業年金、福利厚生、評価制度、定年制度をバラバラに考えるのではなく、一体で設計することが重要です。
退職金制度は、単なる「退職したときのお金」ではありません。
これからは、
「どうすれば良い人材を採用できるのか」
「どうすれば辞めずに働いてもらえるのか」
「どうすれば会社の利益と社員の処遇を両立できるのか」
という経営課題の中で考えるべきテーマになっていくでしょう。
出典
- ロイター「10月ロイター企業調査:退職金制度14%が見直し、8%が検討中 背景に定年延長や人材獲得強化」(2026年10月8日)
- 三井住友信託銀行「民間企業における退職給付制度の現況」(2026年5月29日)
- 三井住友トラストペンションジャーナル「人的資本サーベイ2025概要解説」(2026年3月)
- りそな年金研究所「統計でみる退職金・企業年金の実態(2025年版)」